Lecture 1

Buckminster Fuller

C60

  夏学期の講義の続きとして、96年度ノーベル化学賞の直接のきっかけとなった 分子C60から話を始める。

  C60は、通称フラーレン(fullerene)、その理由はこうだ。

  バックミンスター・フラー(Buckminster Fuller) という建築家がいた。彼の考えだした構造である "synagetics"そのものが、実はC60の構造そのものだった。これは、本当に見事な シンメトリー構造をしている。C60の構造を考えるとき,それがボールの様な丸い形を している事は分かっていた。しかしその模型を作る方法が分からない。が、それは バックミンスター・フラー設計のドーム建築の六角形の網目構造にところどころに 見られる五角形がヒントとなって構造が明らかになり、C60を作る事に成功した のである。

  C60の構造は、早くからバックミンスター・フラーの名前を取って、バッキー ・ボールと呼ばれていた。その後は、――これも彼の名前から――フラーレン と呼ばれるようになった。

  C60は、分子のシンメトリー構造としては最大のものである。そして、亀甲型 のベンゼン環は、それ自体ですごく強固な構造なので、それの集合であるsynagetics の分子構造は当然強固である。だから、15,000m/hで硬い物質をぶつけても壊れない ほどの硬さを持ち、それ自体を70%に圧縮するほどの圧力を加えても、その構造自体は びくともしない。カリウムなどのアルカリ金属を加えて、零下255度以上で超伝導を 起こす事も出来、それは、他の物質で作った超電導物質よりはるかに強力なものに なる。また、分子の中に他の物質を加えてその性質を変える事も可能なのであり、 工業用ダイヤモンドの合成や触媒としての利用も考えられる。これにいろいろ くっつけると、とんでもないものが出来る。中に他の物質を入れることも出来る。 エイズウィルス(HIV)の増殖を抑えるらしい、という研究結果まで出たという。 (サイアスNo.2より)

  C60の構造と全く同じ構造を設計したバックミンスター・フラーは、一体 どういう人物だったのだろうか。外見はあまり普通とは言えなかった。背は5フィート 2インチと低く,右足と左足の長さが1フィートも違っていて、歩く姿はペンギンの ようで,幼い頃はずっといじめられっ子だったという。彼のコンセプトは、最小の エネルギー、最少の資材を使い、最高のパフォーマンスと最高の強度を得る事だった。 そのコンゼプト通り、彼はドーム構造”トーラス構造”を設計した。トーラス構造で 出来た”ジオデシック・ドーム”は、最少の資材で出来ており、その軽さゆえに ヘリコプターで吊って運ぶ事さえ出来た。現在地球にあるほとんどのドームは, 彼の作った考えを利用している。

 

Dymaxion

   さらに彼はそのドーム構造を利用してダイマクシオンという車・家を 設計した。この時彼の念頭にあったのはエネルギー・資材の過消費を原因とした、 明るいとはいえない人類の未来に対する憂いだった。ダイマクシオン・ハウスは、 1家族が住める家で、たったの3.5tしかなく、4tトラックで運べてしまう。さらにその構造の 簡易さにより、1日で解体・組み立てが可能であった。彼は、企業と組んで、この ダイマクシオン・ハウスを大量生産する事にした。生産が始まる前から予約の数が 数千を超えるほど、人々の目は注がれていた。それもそのはず、なんと1軒6,500 ドルという価格だったのである。しかしこの天才設計家に事業の才は無かったのか, 会社ともめた後,その工場は破産してしまった。彼に世俗的な事には、あまり才が 無かったらしい。以前に会社に勤めて、いくつもの会社を破産させていた。だが、彼は 、もっと高次なレベルで人類の為になるものを作ったのである。

 

Synergy

 もう少し彼の持っていた考えを追ってみることにする。彼は『宇宙船「地 球号」操縦マニュアル』(西北社)という本を書いているのだが,実は、今はもう 使い古された表現になりつつある「宇宙船地球号」という概念を始めて用いたのが、 彼なのである。彼は、シナジーという概念を提唱した人物でもある。 シナジーとは、 もともと“共に”という意味のsynと、“働く”という意味のergyが合わさって “共に働く”、または“共同作用”という意味を持ち、個々の要素を足した効果より、 それらを組み合わせて一つにした方が、はるかに大きな効果を出す事をsynergy effect、もしくは相乗作用(効果)という。

  最近の科学の世界では、自然現象をより基本的なレベルに還元して説明する 還元主義が批判されている。批判の理由としては、システムの部分のバラバラの状態 から、システム統合の部分を推測できないということが挙げられる。還元したものを 寄せ集めても、その元の現象は説明できない、という批判の根底にあるのがシナジー 効果である事は明白であろう。バックミンスター・フラーは、ずっと以前に、もう この考え方に到達していた訳である。

 

J. Johns

 ところで、先学期に少し触れた現代芸術家のジャスパー・ジョーンズの作品 の中に,「バックミンスター・フラーの世界ダイマクション・エアローシャン」 というのがある。これはとても巨大な作品だが、要は世界地図を描いたもの である。普通メルカトル投影法などを用いると、どうしても歪みが出てきてしまう。 けれども、ジャスパー・ジョーンズの考案したダイマクション投影法だと、その歪みが なくなるのである。このダイマクション投影法が生まれる源が、バックミンスター・ フラーのそれから来ているのは作品の名前からしても自明である。

 

Bucky!

 インターネット・サイトで探してみるとすぐにわかる事だが,彼には、 熱狂的なファンが多い。それらのページを覗いてみると、彼の名言集なるものが 見つかる。その中からひとつ抜き出してみよう。

"I live on Earth at present, and I don't know what I am. I know that I am not a category. I am not a thing -- a noun. I seem to be a verb, an evolutionary process -- an integral function of Universe."
 人間の作ったシステムの効率は、だいたい4%位しかない。すごく悪いが、 実際これくらいしかない。専門家によると、12%まで上げるのは割と簡単に出来る という。だが、所詮は12%なのだ。 地球は、2010年頃に人口がピークに達すると 考えられているが、それまでに、今よりエネルギー効率を上げるのは、絶対必要な ことだ。彼は資材・エネルギーの過消費を心配してはいるものの,万事悲観的という わけではない。現に「人類の持っている非効率面を改善させる事によって、今の 問題は大体解決可能である」と彼は言っていて、どちらかというと楽観的と言えよう。

  バックミンスター・フラーの素晴らしいところは、ただそのような楽観的な 考えだけを述べていただけではないというところだ。彼は実際に自身のコンセプトに 従って、そのような考えを実行に移していたのである。

Kaizoku-riron

 ここで海賊理論を少し紹介しておこう。
  歴史的に、世界は大海賊という個人によって支配されていた。 世界の部分部分は、大陸に住む君主によって治められているが,その君主たちの 背後に大海賊がいて、実は大海賊が彼らを全て操っていた。大海賊は、すごく賢くて、 最高の知識を持っていた。世界のトップレベルの知的エリートを支配し,彼らに指示を 出していた(もちろん君主たちを通じて間接的にだが。)。大海賊は、知的エリート たちをそれぞれ専門分化させ,それによって彼らを知的奴隷状態にし、専門に押 込んでいた。そのような中で、総合的な知は、大海賊一人が持っていたのである。
しかし、ある日大海賊は死んでしまった。
だが大海賊は、存在は常に隠していたので,世界は大海賊が死んだことを全く気づかな かった。そこで、知的エリートたちは、相変わらず専門世界にばかりおり、周りが 見えない。全体を総合できる人間もいない、という事で知的奴隷化はますます進んで いく。
  かつて、多くの動物は、環境が変わって死に絶えていった。いま、大海賊が 死んだことで、世界(=環境)は変わってしまった。だが、世の中の人はその変化に 気づかない・・・。
 これが海賊理論の要旨なのだが、人類も、滅亡した諸動物のように死に絶えてしまうのだろうか。 バックミンスター・フラーはそうは考えなかった。彼はエネルギー効率を高めることによって世界を 肯定していたのである。

バックミンスター・フラーは、自分のアイデアを非常に詩的に表現する人 でもあった。以下彼の著書からひとつ引用してみる。(他にもインターネットのページに数多く引用されているのでそちらを参照のこと)

"この世界に失敗なんか無い。自然は人間が作った概念だ。人 間は失敗するかもしれない。しかし自然は失敗なんかしない。"

量子力学の解釈問題

 夏学期に、量子力学関係の話をしたが、そのなかに「コペンハーゲン解釈」 (ハイパーリンクを夏学期の方に飛ばせばいいでしょう。)というものがあった。 何が実在していて何が現象に過ぎないのか。『観測問題』をどう解釈するか、という 問題があって、その内の一つがコペンハーゲン解釈で、しかもそれを巡る解釈がまた いくつもあって、複雑を極めている。

  最近のトピックでは、「ベルの定理」があるが,これは、世界は局所的と 非局所的とに分類出来るかという問題に取り組んだものである。ベルの定理は、 「この世界はすべてがローカライズ(局所化)できない」という事を数学的に証明 したものだが,これが果たして本当の証明なのか?という問題も、実はある。

  コペンハーゲン解釈に対して、ゼロ実験というものがあって、対象に何の 影響も与えず観測する事を可能にした。方法は間接的に共役関係にあるものの 片方を観測するわけだが,その結果通常の実験と同じ結果が出た。これは何を意味 するのだろうか。

  ベルの定理とゼロ実験の結果より分かったのは,(文学的にではなく) 実験的に「この世のすべての事は関連している」という事である。しかし、ベルの 定理の解釈にも色々あって、こちらのほうも複雑だ。(だが、現在の物理学者は、 とりあえずこれは大体において正しいものとして見ている)


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参考文献


links




参考資料

C60/フラーレン
Fullerene
<サイエンス‐化学>

炭素原子60個が、正20面体の頂点を切り落とした切頭20面体のサッカーボール型 に結合した分子。名前は構造がバックミンスター・フラーが設計したドームに似ている のでバックミンスター・フラーレンともいう。
ダイヤモンドや黒鉛同様、炭素の同素体で、直径約0.7nm。1970年に大沢映二が 存在の可能性を予言していた。85年に星間物質の研究者H・W・クロトーと 金属クラスターの研究者R・E・スモーリーらがヘリウム中でレーザー照射した黒鉛を 質量分析計にかけて発見。90年、ドイツのW・クレッチマーがC60の量産方法を 確立。以後、化学的性質の研究が進み、アルカリ金属を注入するとマイナス255度 以上でも超伝導性を持つことから、高温超伝導物質として注目された。イオンエンジン の推進剤や工業用ダイヤモンドの合成原料としても期待されている。天然の存在に 興味がもたれていたが、隕石からは未発見で、地球上ではロシア産シュンガイト中に 微量のフィルム状結晶として見つかった。仲間の分子にC70、76、78、82などがあり、 C82でランタンやスカンジウムを包み込んだものが合成、分離されている。さらに 巨大な分子も見つかっており、これらをナノチューブ、バッキーチューブと称して いる。フラーレンは、バッキーボール、サッカーボール型分子などともいう。
『知恵蔵』より

Dymaxion

dymaxionはdynamicとmaximumを組み合わせた造語。

シナジー効果/結合相乗効果
synergy effect
<経済‐経営>
1+1が2以上の効果を生むことを指す言葉。企業が経営多角化戦略を行 う場合、新しい製品を追加したとき、単に利益を加えたよりも、より大き な利益が生ずることを意味する。新製品を加えるとき、遊休設備を利用で きるとか、同じ技術が用いられる場合や、販売面で同じ流通経路を用いる ことができるなどで、シナジー効果は生まれる。
『知恵蔵』より

ジョーンズ Jasper Johns
〔1930〜〕

米国の画家。サウスカロライナ州生まれ。星条旗,標的,数字,アルファベットなど を蝋絵具で稠密(銑覚息に描いて1958年の個展で注目される。その後作風の多様な 展開を示し,また彫刻,版画なども試みる。兵役で日本に駐留したほか,しばしば 来日。
『知恵蔵』より

還元主義/総合主義 <テクノロジー‐科学技術と社会>

自然現象をより基本的なレベルに還元して説明するやり方が還元主義。例 えば生物を細胞に、たんぱく質に、DNAに、さらに分子、原子、素粒子 のレベルへと還元し、素粒子のふるまいからすべての生命現象を説明する ことができる、とする立場である。それに対して、還元したものを寄せ集 めても元の現象を説明できない、として総合主義が唱えられる。例えば原 子自体よりも、原子同士を結びつけ、総合する原理を見つけ出す方が重要 であるという立場である。
『知恵蔵』より

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文責:中村義哉・李智雄

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